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2004.05.29

広い線路

京浜急行線の駅で、Rくんと立ち話。

「京急って線路広いよねぇ。だから、こんな路地みたいなところ130km/hで走れるのかね。快特の先頭に乗ると目が廻るけど川崎から横浜まであっという間だね」
「新幹線と同じ幅らしいよ。JRより30cmくらい広いよね、上から見ただけで違いが判るくらい広い」
「乗り入れてる都営地下鉄(浅草線)も広いよね」
「うん、新宿線も同じくらい広いよね。都営は広いね」
「そういえば、だから京王電車も広いような・・??」
「乗り入れしているものは同じ幅だよね、うん。小田急と営団とJRとか」
「ところで、なんで別の線路になっちゃったんだろ?」
「どっちかがアメリカ式で、反対がイギリス式なんじゃねーの?」
「んー、そうかも」

えー、家に帰ってnetで調べてみた。
上の会話、私もRくんも、少し勘違いをしていたようだ。

実際にはこうだった。
京急と浅草線と京成など&新幹線>広軌(国際標準軌と言うらしい)1435mm
JRと小田急など関東私鉄の大部分>狭軌1067mm
都営新宿線と京王と都電と東急世田谷線>馬車鉄道軌1372mm

今回の「へぇ!」 
1:「新宿線は広い」は正解だけど、浅草線ともまた違うのね。
2:そうなった理由は、京王がむかし、都電と同じにしちゃったから。
3:「都営は広い」は不正確だった。三田線はJRと一緒。
わたし的には15へぇ位か。知らんかった、奥が深い。
「30cmくらい広い」は当たってたなぁ。目視って意外と正確。

その他、深追いするといろいろな情報いっぱい出てくる~
書き切れない、鉄道に詳しくないのでよくわからない^^;;

ちなみに、アメリカ式・イギリス式の話はどこにもありませんでした。
はて、じゃあなんで、JR(国鉄)はそんなに(逆に)狭いんだろう?
#建築費が安い、カーブがキツイと有利という話はあったけど・・・
1067mmなんて中途半端な数字、どこから来たのだろう??
謎は深まる・・・・

追記:Rくん、「東急電車は小さい」は半分正解でした。
    東急は、古い電車は全長18mだったんだってさ。
    山手線とかは、昔から20mだそうです。

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2004.05.27

不思議な石たち。

もう「腎結石」の話ではありません^^

半導体素子はその成り立ちから今でも「石」と呼ばれることが多い、特にディスクリート(トランジスタやダイオードなどの単独素子)は未だに通称「石」だ。CPUやメモリはさすがに「チップ」だけれど。

その由来は鉱石ラジオに遡る。整流機能を持つ亜酸化銅などの鉱石を使ってラジオを造った。この形式は増幅機能も無く、電源も要らない。聴くためのイヤホンさえ「ロッシェル塩」という塩化物の結晶で出来ていた。私も電子工作の入門で子供の頃に何度か造った。

しばらくして、ちゃんとした感度の良い短波ラジオを作ってみたくなって、トランジスタ増幅の6石スーパーヘテロダインを組んだ。ここで再びじいちゃん登場、「ワシは真空管時代の人間だから、固体素子はわからん」おっと固体素子=Solid Stateですか。メタル缶やエポキシモールディングされた3本足のこやつらの中には何が入っているのだろう???音を奏でる不思議な石への興味は日に日に大きくなっていった。機器そのものもさることながら、これら素子に「何が入っているのだろう」への興味が大きかった。

さてその頃、今のコンピュータの原型ともいえるワンボードマイコンがNEC辺りから出始めた(たとえばTK80キット)。そして周辺機器も揃い、遂にPCとしての原始的な姿が現れる。PC8001、6001など。この辺でも何か増設するには基板にゲジゲジのようなチップを挿すことが多く、さらに「中は何じゃろ?」、ついに「考える石・覚える石」というものの存在を知る。当時日比谷にあったNECのC&Cプラザ(今でもあるのかしら?)まで自転車で行きゲームをBASICで組みながら、ついでに秋葉原まで足を伸ばす。ここは私にとっては宝の山だった。「光る石(LED)」、前出の「考える石(CPU)」なんかがザクザク売っている。見れば見るほど不思議な石たち、「何がどうやってこんな石たちが動くのだろう??」
#たとえば宮沢賢治が鉱石に惹かれたように、私はこれらの「石」に魅入られたのだった。

時代は下り、大学で物性論と半導体工学を学ぶことになる。
あの「石」たちの正体を垣間見る日が来た!

それからはその系統の研究と仕事をし、今はそれこそ"Solid State Survivor"として働く毎日だ。でもね、仕事は大変なんだけど、あの「不思議な石たち」の魔法をこの目で垣間見るのは今でもワクワクするんだ。それに体と心さえ付いていってくれれば・・・ねぇ。

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三代の悪癖

・・と呼ばれているものがうちにはある。別に「悪いこと」ではないんだけど、いずれ劣らぬ金食い虫だからそう言われる様になった。blogを書いてて自分のネタを読み直して、「ああやっぱしな」とはつくづく思う。

「タバコ」「クルマ」「カメラ」「スキー」「オーディオ」「模型」・・・。
全部継承してしまった。DNAにそう書いてあるわけでもあるまいし^^;;環境のなせる業(ワザというよりカルマに近いね、こりゃ)だろうけど。

カテゴリーは「趣味」なんだろうけど、どれも趣味という意識も無く始めてしまった。

「クルマ」こいつは一番金食い虫だな。じいちゃんは、戦前にCitroënのTRACTION AVANTを買おうとしたがあまりに高くてダットサンにした・・・という話をしていた。戦後は自分でハンドルを握ることは無かったが、姿は変われど生前に「前輪駆動の欧州車」に乗せてあげられたのは、良かったと思う。僕が運転するGolfの後席でいつもご満悦だったなぁ、ステッキと帽子を膝に置いて、背筋を伸ばして座っていたな。

「カメラ」まあ、これが一番長続きしてるかな。じいちゃん自慢のキネエキザクタ(元祖35mm一眼レフなんだそうだ)は進駐軍に売ってしまったそうだが、それ以降もアサヒペンタックスを始めとして私のNikonに至るまで、一眼レフは脈々とうちの誰かの手でシャッターを切り続けている。それ以前から現存する写真のネガだけでも遂にそろそろ五代目になろうとしているな。私の代でついに「銀塩フィルム」というものを終えようとしていますが、D70も一眼レフには違いない。

「スキー」しばらくお休み中ですが、これも三代目だねぇ。骨折伝説にも事欠かず^^;;群馬の山で骨折するのは伝統かぃ。私も肩を骨折、従姉もレースで足首を折った。 オヤジの足には今でも鉄の棒が入っている。空港の金属探知機で必ず鳴るのがなぜか自慢らしい、「鳴った鳴った」とうれしそう。>そんなに武勇伝にしたいのかw 

「タバコ」うーん・・・、これは確かに悪癖だな。ただ、歳を取るといずれ止めるというジンクスも発見。俺はいつ止めるんだろうか??

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Nikonたち

ココログにはアクセス解析って機能が付いてるんだけど、何をキーワードにここを訪れてくれたかの履歴が残っている。実はクルマの話などをきっかけに始めたのでそれがらみが多いかと思っていたのですが、写真の話を書き始めてから「Nikon」で検索している方が多いことが判明。それも1日10数件!! へぇー、やっぱりD70出てから注目度高いんですねぇ、Nikonさん。私同様、「買ってしまった^^;;」という話もよく聴くわけで。

そこで特別企画(?)、手持ちのNikonを大公開。まずは旧機種からね。

ざっと集めたNikonたち。おかしいな、レンズまだ数本あるんだけど???
my_nikons.jpg
EL2が2台あるのはご愛嬌。1台は不可動で部品取り。

一番のご愛用(だった)セット。
FEwithMD.jpg
FEにMD-12付けて、28mmF2装着。
ペンタプリズムカバーと巻き上げノブ前の塗装の痛みが痛いたしい。
ええ、バシバシ使ってたんですよ。だからこんな姿に。

も一つおまけ、軽快スナップセット。
fm_and_newfm2.jpg
初代FM(銀)とnewFM2(黒)のコンビ。どちらも軽い単球付けて。
35mmのシリーズEなんて懐かしーねー。入門レンズだったのよ。
50mmF1.8sは隠れた名レンズ。安いんだけどなんでも撮れる。
逆付けマクロもできちゃう。

そんな10代、20代前半の愛機たちでした。

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みんなありがとう

友人や会社の同期やいろんな人からお見舞いメールやメッセンジャーが届く。
ケータイに着信したメールで目を覚ました。

すいません、ホント病弱なオイラで。
ありがとうね。心配してくれる人が居るのはほんとうにありがたい。

炎症も治まってきたよう。痛みはありますがクスリでなんとかなりそう。
とりあえず(前かがみにだけど)立って歩けるようになった。

明日は会社に行けるだろう。上司にも連絡した。
「まあ、明日起きてみて判断しろや。無理すんなよー」そう言ってくれる上司でありがたい。この世知辛い業界の中で、Mさん、あんたの部下で良かったよ。
ま、仕事の話は追々(^^)。

「そんなにか弱に育てた覚えは無いんだけどね」、オフクロに嘆かれる。
いいえ母さん、あなたの白髪や小じわが増えるのと並行して、息子も歳を取ったんですよ・・・。経た年月はリセットできない、ただそれだけが真実。


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お石さん

痛ぇ。目が覚めた。現在午前5時。闘病4日目。
昨日は朝から病院、夕方に帰ってきて、いままでぐっすり。クスリでボケてましたw
で、とりあえずまた痛み止め飲んでるんだけど。

昨日の造影剤診断の結果、右も左も数ミリの石があった、あらら・・・。ついでに造影剤の副作用か、今もあっちゃこっちゃカユい。(即座の副作用は無かったんで大丈夫かと思ったんだけどなー)
腎臓>膀胱間は無事開通した模様。腎臓の腫れは引いたみたい。ここから体外へ出てくるまでまた痛いんだけんど。

「衝撃波粉砕」っていうかっこいい(?)治療法もあるんだけど、
この大きさだと砕けないってさー、また温存かよ。

以前、出てきた結石を自分でじっくり顕微鏡観察wwしたことあるんだけど、なんでしょう、このイガイガは! 痛いわけだよ、トゲ(結晶)生えてるんだもん。主成分:シュウ酸カルシウム だそうで、アレ以来、私のメニューからホウレン草は永久に削除されました。「ちりめんじゃことホウレン草のおひたし」好きだったのになー(T_T)。けど、カルシウムは取らないと骨弱っちゃうからねー、乳製品とかは普通に食べてますが。

再び爆弾持ちのまま突っ走らなきゃいけないのは、困ったちゃん。

んー、巣鴨の「とげ抜き地蔵」でも行ってオナカこすってみますかw 
(自分、何歳だよ。どこのジジイだよ・・・・。)
ご利益あるかなー。

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2004.05.25

石ころ持ち

実は、私の数ある持病のうち、最も辛いものの発作がやって来た。

「腎結石」 腎臓に石ができ、排出される際に激烈な痛みを伴う。もしくは腎臓内で詰まってしまい腎不全を引き起こす。昔の主治医曰く、「すぐに命に危険が無いもので(自覚症状のある)最も痛いもの」だそうだ。これを凌ぐのは「心筋梗塞」もしくは「出産」であるとか(女性ってえらいよね)。こちらは場合によっては命の危険を伴う。もちろん心筋梗塞ならば痛かったことなど認識するまでも無く意識不明だろうし。

残念なことにこの疾病、前兆現象はあまりない。この数日、妙に腰が重いとは思っていたが(実は既に腎臓が腫れていたためと思われるが)、それほど重症ではないので気付かなかった。むしろ、デスクワークが多かったためとしか思わなかった。普段どおりに仕事をして、週末も南町田のカルフールで買い物をしていた位、普段の週末だった。

今朝、午前5時に激烈な痛みで目が覚めた。何度か食らっているのですぐにそれだと判った。もう普通に立っては動けない。部屋を這いずり、薬箱にある頓服のボルタレン50mgを投入、相当強い薬なので意識も低下する。血圧が下がったせいだと思ったが、どうやら体温低下が大きいらしい。朦朧とする意識の中、実家に電話、そして119番で救急車を呼ぶ。脈拍は120を超える。体温も35度近くまで低下、部屋の中から担架で運び出され、なんとか横浜市内の救急病院に搬送される。

すぐさま点滴の中に痛み止め(麻酔薬に近い)を入れて投入される。さすが麻酔、だんだん痛みは引いてゆくがむしろ意識は低下、その後のことはあまり覚えていない。車椅子に乗せられて病院内を行ったり来たり、レントゲンやら超音波エコーなど検査が延々と続いた。もう時間の経過はわからない。結果、どうやら昔から再発した右腎だけではなく左にも影がある。意識朦朧としたまま実家から駆けつけた家族にクルマで連れて帰ってもらう。残念(幸い?)ながら病棟が空いてなく、今回は入院にならなかった。これが都心のかかりつけの医者ならば即入院となったのだが、神奈川は慢性的にベッド数が足りないらしく、大量の痛み止め(ブスコパン)を処方され、撤収を余儀なくされる。

帰ってきた後もあまり覚えていない、まだ薬が効いているようだ。そのまま先ほどまで寝て(意識を失って)いて、再び痛くて目が覚めた。今またブスコパンを飲んでガマンしている状態。ベッドからキーボード叩くくらいの体力は残っているので、まあ、速報と言うことで。 ああ、ここのところ病気自慢大会みたいになっちゃって嫌だなぁ・・・。

この爆弾を持ってしまったのは、会社に入ってから。クリーンルームでの作業はとかく脱水症状になりやすい。クリーン服などサウナスーツのようなものだ。(クリーン服なんてさ、自分を守るためのものじゃなくて、製品を汚さないように自分の汗などを外に出さないためにあるものだから。)しかもお手洗いに出たり入ったりするのはいちいち脱いだり着たり洗浄したりと何かと不便だし、装置稼動中には長時間見張っていなければならないので自ずとお手洗いや水分補給の回数も減る。プラス、一旦トラブルが起こればラインを止めるわけには行かず、復帰まで一刻の猶予も無い。冷や汗・脂汗をもかきながらグチョグチョになったクリーン服の中でもがくしかなく、そりゃ脱水にもなるわなぁ。場合によっちゃ建屋から出るのにも客先のIDカードが必要で、それを貸してもらえないVisitorの私には自由にお手洗いにいくチャンスさえない。

いや、非人間的な(非生物的な)人工環境での作業を余儀なくされ、またストレスフルな環境で体内循環もおかしくなるので、あっという間に爆弾を抱える結果となった。それ以降数回発作を繰り返して居たのだが、何とかここまで仕事を続けてきた。既に何度も繰り返した右の腎臓は通常の80%未満の能力に落ちている。腎臓は2つあるから良いものの、左まで病んでしまうのは困る。

これ以上、私に何ができるだろう? 健康に気をつけろとは言ったって、脱水症状で濃縮される腎臓内の老廃物と析出物はさすがに管理しきれない。 半導体はそういう非人間的な工程を経て製造されている。長く勤め上げる人間が少ないのもしょうがないことかもしれない。 エンジニア35歳定年論とは、アイデアの枯渇だけではなく、肉体的に使い捨てにされることにも起因するに違いない。

明日、血管造影剤によるX線検査も受けなければならない。ここのところの被爆量もちょっとシャレにならないなー・・・。

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2004.05.22

ボワ・ド・ヴァンセンヌ訪問-2

さて、昼になり盛岡に戻って再び、ボワ・ド・ヴァンセンヌへ。
お互いにさらにいろいろなことを思い出したらしく、話し出したら止まらないって(^^;;

店内の様子。
tennai.jpg
きれいで、本当のフランスのパン屋さんみたい。

実はこんなところまで凝っています。さすが。
rue_de_kokucho.jpg
見たことある人ならば、ニヤリとしてしまうこの形の標識。いやー、いいわ。
ここは昔「穀町」と呼ばれていたそうで、まさにパンにふさわしく。

話していて感じたこと。彼らが造っているパンは単純に「美味しいもの」ではなく「ちゃんとしたもの」であること。ちゃんと造られたものは至極当然に美味しい。その本物を求めてフランスまで修行に行ったこと、安全な国産小麦と水と環境を求めて盛岡にたどり着いたこと(東京に居た時から目指していたことだったんだって)、会得してきた本物の美味しさを理解してもらうには、国産小麦で本物の味を追いかけるには少しばかり時間がかかったこと、等々。

偶然にも近所に住んでいたから毎日のように食べていたあのパンが、そういう想いのこもったものであったことは幸せだったんだと思う。子供時代にあのパンを食べて育たなかったら、今の私じゃないかもねぇ・・・。感謝。

本物の職人の姿。
monsieur_kurabayashi.jpg
直接頂いた絵葉書からスキャンしました。
敬意を持って"Artisan,Monsieur KURABAYASHI”と呼びたい。

で、焼きたてのバゲット他いろいろパンを買い込む。もう、店ごと買っちゃうぞって勢いで。ここでご主人の心にくい配慮。開店から昼までの間に売り切れちゃうパンが何種類かあって、すこし多めに焼いて私の分を取って置いてくれた。うわーん、感動だよー。

あと、自分の昼飯用にjambon fromage(フランスパンのハムサンド・チーズ入り)を買う。これ大好き! フランスでも金無いときは、これとミネラルウォータだけ買って昼飯にしてたなぁ(オルセー美術館の裏の軽食スタンドがなかなか美味かった)。私が「jambonも買おう」と言ったら、おばちゃんもすかさず「fromageでいい?」と聞いてきた。いや、その辺の頃合はもう昔どおり+在仏経験者同士でばっちり。

さてさてそろそろ帰ろうかと言う間際、今回私がここまでクルマで来たって話で「スポーツタイプのドイツ車買っちゃったのよ、云々・・」と言ったとたん、ご主人が厨房から飛んで出てきた!普段から物静かで奥の深い目をした職人の顔が、まるで少年のように輝いている。こんな倉林さん初めて見た! 「これ、あの限定だった3.2Lですね?」うん、そーなのよ。買っちゃったのよ。だからここまで美味しいパン買いに来たのよ。ヨーロッパの人たちみたいに美味しいもの食べに500kmでもクルマ走らせてね。
 
初めて知ったのだが、ご主人、実は相当クルマ好きみたい。メルセデスW124の280Eに今でも大事に乗っていて手放さないんだって。「これがいいんだ」。うわー、職人精神全開だー。確かにあのW124は「職人魂のこもった機械」として頂点に居たクルマだもんなぁ。「本物を造る人、本物を愛す」ってことか。

とにもかくにも、様々なことを思い出し気付き、何かを再確認する旅の大イベントでありました。

絶対、また行くよ!

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迷い道もいいものだ

さて、お昼にヴァンセンヌへ戻るまでけっこう時間がある。
思い立って小岩井の方へ行ってみる。

今日はすばらしく天気がいい。盛岡大の農場から岩手山がよく見えた。
mtiwate.jpg
ほんとうにいい山だ。まだ雪が残っていて美しい。

「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな 」
ここは私の故郷ではないけれど、
石川啄木の気持ちがもう一つわかったような気がする。

そして、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」のあの山はたぶん岩手山がモデルなのだろう。美しくも雄大で険しい感じはまさにこれだったんだ。すっかり子供の頃の感覚が蘇ってきていた。

再びクルマに乗り小岩井を目指すが、どうやら道を間違ったらしい。
風景は広い牧場と森林の中を走っているが、農場の建屋らしきものに到達しない。

林を抜けた直後、ある光景が目の前に飛び込んできた。
富良野や美瑛で似たような風景はいっぱい見てきたが、ここまでのは初めて。

いままで見たこと無い位、美しい。そして凛々しい。
koiwai_sakura.jpg
「小岩井の一本桜」 偶然ここにたどり着いた。
青空の下、今まさに散ろうとしている古木が凛と立っている。

・・・迷って初めて出会うものたちもあるのさ。
だから、私はカーナビを着けない事にした。迷わずガイドに従って走っていたら、絶対に出会えなかった風景。そういうこともあるんだ、いやそういうものなのかもしれない。

ただ、ほんとうのナビゲーターが助手席に座っていてくれたら・・って思ったけれど。
一緒に迷ってくれる人が隣に居れば、もっと人生楽しいだろうに、ね。

私の中の「子供の自分」に呼ばれたような気がした。
「僕はおじさんになっても独りぼっちなの?」
ああ、そうなんだ。まだ、今はね。

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ボワ・ド・ヴァンセンヌ訪問-1

5月X+2日、今回のメインイベント(?)、
例の倉林さんのパン屋、清水町の「ボワ・ド・ヴァンセンヌ」へ行く。
朝8時から開店(ということは仕込みは深夜から)、パン屋さんの仕事は非常に大変だ。

店の前に着いたとたん、パンを焼いているいい香りが! 昔のお店もそうだった。朝食用にパンを買いに行くとこの香りがしていた。なぜかお店によって匂いが違うんだけど、この香りは往時のままだ。

お店の外観はこんな感じ。
bois_de_vincennes.jpg
これは、「行ったぞ」の記念写真。
駐車場は3台分ありますのでそこに停めてくださいね。

さてさて、駐車場にクルマを入れてお店の中に入る。
店頭におばちゃんが居た。「どうもお久しぶりです、新宿の○○です・・・」
おばちゃん、目が点に。「・・・え、ええええーー!!、え、○○の息子さん??」
はい、そーです。あの悪ガキは10数年経つとこうなるのです。
おばちゃん、厨房にすっ飛んでって、ご主人を呼んでくる。
ご主人「はぁ・・覚えているぞ・・・思い出した、○○が○○ある家の子だ」
ご名答! 本当にお久しぶりです。お変わりないようで、なにより。

しばらく懐かしい話やフランスやヨーロッパの話、パンの話などで盛り上がり、楽しい会話が続いたが、お客さんがだんだん増えてきたので一度退散することにする。

「お昼にもう一度いらっしゃい。その頃にはもっとたくさんの種類が焼きあがるから」
はーい。 私の心も子供の頃に戻っていた。

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Hotel du Nord

花巻から盛岡に帰ってきて泊まる宿を探した。
有名な花巻温泉も考えたのだが、明日の身動きを考えると、一旦盛岡に引く必要があった。

実は、前日はタイヤのバタバタなどがあったせいでマトモな宿に泊まれなかった。
でもいいんだ、そういうことは慣れている。所詮は一人旅、いつも出張などで急に泊まることも多く、なんつーか安全ならばそれでヨシ。で、健康ランドで寝てたのよ、安いし、風呂入り放題だし。無料のnet端末も置いてあったので、途中経過を書き込んでみたり。

しかし、さらにもう1泊それをやっちゃうのは、あまりに情けない。かといって大手ビジネスホテルチェーンに泊まるのもこれまた仕事へ来てるみたいでものすごくイヤ。もう、東横○ンだのサン○ートだの、そういう看板はプライベートの時には見たくも無い。

ちょっと家に電話する。オヤジが出た。「盛岡でいい宿知ってる?」
「それなら『北ホテル』に行けばいい」
ほぉ。

駅の観光案内所で案内図をもらい、電話してみたら空室があった。早速予約。
しかし、北ホテル=Hotel du Nord とはまた洒落た名前だこと。

実際、いい宿でした。落ち着いた静かな宿。あまり高価でもなく。文筆家や演劇人・学者などに愛されている、実は隠れた名宿だったらしい。(長期滞在一ヶ月という料金設定があった・・・作家のカンヅメ用かい^^;;)
ははーん、それでオヤジも出入りしていたのだな・・・・。

静かな部屋でちょっと物思いにふけながら一服。
hotel_du_nord.jpg
確かにこりゃ、モノ書きにはちょうどいい雰囲気だわ。

さあて、今晩はゆっくり眠るとするか。

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2004.05.20

IHATOVへようこそ。

5月X+1日、盛岡から南へ30kmほど、花巻へ向かう。宮沢賢治の故郷を訪ねに。
彼は教育者であり文学者であり宗教者であり農民であり、そして「科学者」であった。
私も「科学屋さん」のはしくれとして、一度来ようと思ってたのよ。

宮沢賢治は、人間と自然科学と近代技術のはざまで表現し続けようとした、稀有な人物であると思う。それも子供にわかる様な楽しくも真摯な文章で表現を続けた。私も子供の頃は彼の童話を夢中になって読んだものであった。美しい鉱石や星の名前、動物たちの愉快なしぐさ、人間のはかなさや尊さそして愚かさもそこに描かれていた。

今回、宮沢賢治記念館を訪れ、彼の科学者たる資料を初めて見た。数学の教科書を書き、地質改良材の配合を書き示し、そして自らその効能をレポートにしたため普及活動もしている。彼のノートには学生に説明するための電子と岩手県の大きさの対比が縮尺つきで残っている。こんな先生に習う理科・科学の授業は、さぞ楽しかったであろう。

実はあまりに夢中になっていたため、この辺の写真を撮っていません(もちろん館内は撮影禁止ですよ)
ぜひ一度訪れて、直接見てください。その方が私の拙い文章よりずっと感動すると思うからね^^
周辺には、童話村など家族向きの施設も整えられて楽しめると思うよ。

あ、一個だけおもしろいモノを撮ってあった。
yamaneko-ken.jpg
記念館の隣にあります。大丈夫! 取って食いやしないから^^ 
お土産やさんとレストランです、ニャー。

さて、賢治の家でもあった羅須地人協会へ行ってみる。花巻農業高校(旧花巻農学校)の中に移築されている。
有名なアレがあります。
kenjis_house.jpg
「先生~、居りませんかぁ?」 また出た、猫背の生徒1名。

居ないようなので、下の畑に行ってみる。
shita_no_hatake.jpg
豊かな平原が広がっていた。鎮守の森も残っている。
賢治先生はきっとこのどこかに今も居るのだろう。

実際の農家はこんな感じでした。
hataraku-hito.jpg
牛馬ではなく、内燃機関とともに働く人たち。

賢治先生、IHATOVは豊かな大地ですね。私もやっとここまで来ましたよ。

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2004.05.19

Where the Streets Have no Name

雨の中、雫石へと向かう途中で。

そこには名も無きまっすぐな道があった。
st_have_no_name.jpg
アップダウンを繰り返しながら、森の中に消えてゆく。

私の脳裏に再びあの歌が響く。
Where the Streets Have no Name
名は無くとも、私の記憶から消えることはないだろう。

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Travel is Trouble

そう、旅にトラブルはつきもの。それも旅の醍醐味のひとつ。
ところがどっこい、今回のは相当困ったぞ。

バイパス沿いの巨大ショッピングセンターへ買いだしに行った。
旅支度で忘れたものが少々あり、宿泊に必要な小物を買いに。
地下駐車場にR32を停めて、買い物をした後、数キロ走って左フロントの異変に気付く。

停めてみてみると、な! タイヤを刃物で切られているではないか!
side_cut.jpg
実はR32にはスペアタイアがない。テンパーもだ。あまりに大きな18インチが純正のため、リアハッチに格納できないのが理由。代わりに搭載している補修キットはトレッド面の傷(釘を踏んだとか)には対応しているが、サイドカットはさすがに治しようが無い・・・。このクルマの一番痛いところを突かれた格好。

ざっくり抜けているわけではないので、その場で気付かなかったのも痛かった。エアゲージを持っているので空気圧を見たら既に0.3k減っていました。外から見ただけではただ傷があるようにしか見えず、外してみてコードまで切れている(上の写真)ことが判明。
#そのまま高速乗ってたら、間違いなく死んでましたね。

とりあえずフォルクスワーゲン盛岡(DUO盛岡)に行って見る、が連休でおやすみ・・・。VGJのエマージェンシアシスタンスに電話をしていろいろ手配を掛けてもらいつつ、警察に被害届けを出したりして4時間ほどロスをする。あまりに悪質なので警察もキビキビ動いてくれた「うーん、類似犯出るかもな」。どうやらあの巨大ショッピングセンターができて以来、治安が悪化している模様。物欲と妬みと有象無象を呼び寄せてしまうのは、ああいう施設の宿命か。

決して盛岡市民が悪いわけではないと思う、むしろ知る限り非常に治安のいい街だ。しかし、そういう輩はどこにでも居る。ああいう物欲の殿堂のような存在が地域のよき文化やモラルを破壊していくのは全国あらゆるところで起こっているに違いない。楽しい便利なショッピングは否定しないし、その恩恵を受けていることは私も同じ。だけどね、全国どこへ行ってもマク○ナルドとスター○ックスとその他大手チェーンが幅を利かせているのは、つまらないことだと思わない?

さて、タイヤは結局すぐ近くのオートバックスに同サイズのDunlop-LM702のみが在庫されていたので臨時で付ける事にした。残念ながら225/40ZR18のMichelin PilotSPORTSなどというタイヤはどこでもあるわけではないらしい(実は都内ではどこでも手に入るんだな、コレ)。これでとりあえず旅行は続行できる。VGJのアシスタンスさんと迅速な対応をしていただいた盛岡西署の刑事さん、素早い作業で交換してくれたオートバックス盛岡北店のスタッフさん、ありがとう。

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2004.05.18

啄木記念館

盛岡の北側、渋民にある石川啄木記念館へ行ってみる。

桜はすでに葉桜になりかけ、遅い春の終わりを感じさせる。
takuboku_museum.jpg
あいにく天気も悪く、空いていた。

資料に目を通しつつ、つくづく漂泊の人生だったんだなぁと感慨。明治45年4月13日死去、享年26歳2ヶ月。まだ若かったんだな、苦労したんだなぁ。もはや私の方が長生きだ。

北国と東京を行ったり来たり、道内を転々としたり、ああ、なんか知ってるぞ、その感覚。・・・おっと、我が家と一緒じゃん、こんなに悲惨じゃないけれどさ。

彼が代用教員を勤めた尋常高等小学校が残っている。木造2階建てで質素だがいい雰囲気だ。
子供用の小さな机や椅子も残されており、小学校の教室独特の懐かしい感じがする。

誰もいなかったので、ちょっと写真で啄木ってみる。

「先生、働いても働いても楽にならないんだけど、なんででしょう?」
student.jpg
猫背の生徒、一名。どうやら働きすぎで胃が悪いようだ。

「・・・それは先生にもわからないんだなぁ。うん。」
teacher.jpg
ああ、じっと手を見るw

ネタはともかく、悲喜哀楽の密度の濃さ、感情へのマジメさにいたく感慨を受けた見学でした。
すこし前の「トリビアの泉」でローマ字日記のことが出てましたが、本質的にマジメじゃなきゃ、あんなことまで日記に書かないよなー。

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盛岡の印象

盛岡はいい街だ。私が思ういい街の条件として市内に「河が流れている」こともある。たとえば仙台も広島もそうだったな。旧市街はだいたいその河を中心に発展してきた歴史があり、古い建物が大事に使われていたりする。地方都市ではどんどんそういった趣が失われているところが多いなか、盛岡はかつての城下町の趣と県都の華やかさと「生きている街」の匂いがまだあった。
まあ、郊外に出れば国道4号バイパス沿いに巨大ショッピングモールがあったりして、いわゆる今時の地方都市っぽい感じになってしまうのだが。そう、全国どこへ行っても「リトル川越」や「リトル柏」みたいな国道16号もどきになってしまっているのですが・・・。

市内中心部の橋のたもとにこんな建物があった。
iwate_bank2.jpg
岩手銀行(旧盛岡銀行本店)のレンガ造りの建物。いいねぇ。
こういうものを大事にできるか、が、その街の顔を決めるような気がする。

ところで、バイパスを走っていたら不思議なデジャヴュに襲われた。
なぜか「Homac(旧石黒ホーマ)」や「ツルハドラック(旧クスリのツルハ)」、はたまた「そうご電器」なんて、北海道資本の店が多く、あ、「びっくりドンキー」もあったり、ここは札幌か小樽か旭川か?? なんだか初めて来た割には違和感がないぞ・・・。

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雨の東北道

この日は南から低気圧が近づいている事は知っていた。
東京を出発する際にはまだ星が見えるほど晴れていたのだが・・
首都高から東北道へ入り、戸田料金所からはR32ならではの高速巡航を楽しみつつ一路北上。

しかし、佐野SAで既に霧が発生。
in_sano.jpg
ここからはバックフォグを点灯。ペースは落とさず^^;;

那須高原で遂に低気圧に追いつかれる。
in_nasukogen.jpg
雨+濃霧でペースを落とさざるを得なくなる。

仙台まで来ると霧は晴れた。しかし豪雨になる。
in_sendai.jpg
ここからはだんだん夜も明け始め、雨の中を激走。
いやいや、さすがは4motion。東北道の深い轍をものともせずガンガン走る。

そして、午前5時前に盛岡駅前に到着。
in_morioka.jpg
ここまでの所要時間、4時間45分。走行距離560km。いいペース。
燃費計は10.5km/Lを指していた。雨走行では立派なもんじゃないか。
市内に入ったとたん、給油ランプが点きましたが^^;;

さて、ここを根城に岩手を満喫しようか。

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2004.05.17

俺・MILLE MIGLIA

MILLE MIGLIAとはイタリアの1000マイル(1600km)レースのこと。
クラシックカーがお好きな方ならご存知ですよね。今現在は、本格的なレースでは無くて、クルマを愛するイタリア人のイベントになっています。最近は日本でも兄弟イベントをやってますね。

さて、私は別にレースをするわけじゃなくって、「一人ぶらり旅withクルマ」をやるわけです。まあ、漠然と目的地を決めて時間に縛られない長距離ドライブに出る・・というわけ。大体がずいぶん遠くを目指すので、行って遊んで帰って本当に1600kmほど走ることになる。実はこのために欧州車に乗っていると言っても過言ではない。2泊3日でこのくらいは走れちゃうんで、長距離が苦にならないクルマがありがたいわけ。コレは現地ヨーロッパの使い方に近いわけなので、ええ、願ったり適ったり、的を得たクルマの楽しみ方なのです。

先日、「旅の空」などといい気な戯言を書いてましたが、実はコレの最中だったのだ。一昨年は「能登半島一周+北陸サカナ旅」だったのですが、去年は忙しくて行けず、今年は北東北を目指して旅立った。その履歴をネタに数回書こうかと。

5月X日深夜、とりあえず、クルマにメシを食わす。
R32withpura.jpg
えー、最近はずっとここで旅支度をしてます。シェルPura入れて、空気圧も見て。

さあ、出発!

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ねこ写真ってむずかしー。

むずかしぃのね、動物写真。
絵になるショットをモノにしようとすると、こりゃ大変。
専門の「動物写真家」たるジャンルができるのも納得。

ちょこっと撮って見た。うちののんたん。
nontan.jpg
どうでしょう?微妙にに前ピン^^;; D70で試し撮り。

そういえば最近、鼻デカ写真って流行ってるよねー。
日立のエアコン「白くま君」CMのくま君も鼻デカだった。あれは可愛いかも。

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2004.05.13

YAKI-NIKU 食文化交流

会社の帰りの電車でに、ひさしぶりに海外担当の同期と一緒になった。

彼は完全な帰国子女組なので英語はほぼnative speakerである。
一時期、ヤツと一緒に海外向けにいろいろな仕事をこなした。その時のSmall Tipsを。

海外から訪問するエンジニアは、意外と日本食を食べて慣れている。まあ、半導体関係の人間はアメリカ西海岸系をよく知っているので、スシ・サシミの類にも抵抗が無い(インド系・イスラム系の人は食習慣と信仰上ちょっと選択が難しいけれど)。箸を上手に使ってそばを食すツワモノもいる。だから、せっかく日本食を食べに行ってもあんまし面白くない。さすがに居酒屋で日本酒呑みながらシシャモ食べてる(まるでただのヨッパライオヤジのようだ^^;;)のは、それはそれで絵になるんだが。

んで、そんな日本ズレした外人さんにも意外に受けるのは、実は直球勝負の日本食ではなく、「焼肉」であった。それも叙々苑やJINROガーデンのような高級店などへ行かなくても、その辺の「牛角」や「安楽亭」でOK。なー、安上がりだねー。ステーキハウスや鉄板焼きはとても高くて経費の関係上辛いしねぇ。

「It's Korean(style) BBQ. Also, popular(and favorite)meals among Japanese people..」とか言っておけば、意外と知らない韓国への興味と「へぇー、日本人も肉好きなんかぃ?」で、大好評を博したりするのです。 ある欧米人曰く、肉にいろんなソース(どうやらコチュジャンやオロシニンニク、ネギ塩タレなどのことを「Sauce」と総称している模様)を付けて、各人が好きなように焼くのが面白いとか。比較的大雑把で単調なアメリカンスタイルのBBQ(ヒッコリーフレーバとかWithチリとかあるけど)に比べ、いろいろなコンビネーションを自分で試してみるのがいいらしい。 あと、日本で食べてる肉のやわらかさも新鮮らしい。そーやねー、硬いステーキばっかり食べてると、実は所詮は輸入牛でもやわらかく感じるのかねぇ。

海外の方との食事のチョイスに困ったら、ぜひお試しあれ。

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2004.05.12

くだもの系似たもの?

いやあ、くだらない話なんだけどさ、
会社の自販機でコレを買ったら新しいパッケージになっていた。

サントリーの「ゴクリ」
gokuri.jpg
スクイーズな感じが新しいらしい。

んで、なんか見たことあるなーと思ってたら、
どうやらコレに似ている。

「Orangina(英:オレンジーナ/仏:オランジーナ)」
コレはオランダ製だった。
orangina.jpg
配色とドットプリントな感じ、似てるっしょ?

よく見ると違う。でも全体の雰囲気はすごく似ている。
狙いか? 何かのネタかw

果汁と「果肉入り」っていうところは同じ方向だなぁ。
飲む前に振れと書いてある。Oranginaは微炭酸なんだけどね。

ヨーロッパへ行くとOranginaはよく見る。むしろCoca-Cola系より多いくらい。実際、無果汁のFantaなどより美味しいんだけど。

そういえばフィンランド人と仕事した時も、ヤツらはよく果物食べてたな。Fantaも大好きみたいだったけど、生の果物もよく買っていた。寒い国の人たちは、ビタミン補給のつもりなのかな?

アメリカ人と仕事すると、こっちはダイエットコーラばっかし飲んでるなー^^;; そんなに飲んで、ゲップ出ないんか?

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2004.05.11

Nikon D70 購入

遂にというか、やっぱりというか、結局買ってしまいました、D70。
もちろん、「AF-S DX ZoomNikkor ED 18~70mmF3.5~4.5 G」付きレンズセットで。

35mm換算で27~105mm、いやーずいぶん使いやすいレンズですねー。
これと往年のAiAF ZoomNikkor 70~210mmF4~5.6>105~300mm相当で、ほとんどの常用域はカバー。
しかし、手持ち300mmの機動性は便利だなぁ。ISO1600相当に設定しておけばほぼ手ブレなしで行けた。

デジタルの癖をまだ見抜けていない状態ですが、とりあえず普通のSLRとして使うことはできた。
絞り優先もシャッター優先も持っているので、なーんだ普通のNikonじゃん。
シャッターのレスポンスも銀塩時代とさほど変わらず、秒3コマで連写可能。
電池とかで重いのも、F4・F5に比べたらまだまだ軽い。コンパクトニコンの正当な後継者だね。

うーん、やっぱ交換レンズの面白さ、ちゃんとしたレンズのシャープさとボケ味は格別。
結局ファインダーで画作りしてしまう私にとっては、してやったりな買い物でした。

暇を見つけて、バシバシ撮るぞー。

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2004.05.05

胃の顛末

数日来、ご心配の電話・メール等々頂いていまして、どうもスイマセン。

現在、実は旅の空なわけで半音信不通ですが、世の中便利なもので書き込める環境は落ちてたりする。ので、事の顛末を書いておきます。
とりあえず生きてます、なんとか元気です。

#旅の話はまとめてアップします。「遠足はお家に帰るまで」だからね^^

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胃はずいぶん良くなっていた。上部にあった潰瘍は消え、出血も止まった。
マジメにクスリ飲んでてよかった。例のお粥の効能もあったかも。

心配された十二指腸の異常は、過去に何度も潰瘍をやった跡が残っているようだ。なんか得体の知れない形をしたシワシワの寄ったようなものが居座っている。ポリープや腫瘍ではなかった。何度も繰り返すと次第に胃自体が硬くなるそうで消化能力は落ちてゆく、経年劣化か。気をつけないと消化不良>胃炎の悪循環で、再び潰瘍になってしまうかも知れん。

もっとも、現状で既にひどい胃炎を起こしており、胃壁中スリキズのように赤くなっていた。
#自分の胃の中の写真なんて見るもんじゃないねぇ。一種のグロ写真だよ・・・。

このまま炎症だけならとりあえず治療薬でなんとかなる。というより外科的にはなんもできない。手術などはしなくて良くなった。暴飲暴食しなければ(って酒は呑まないんだけど俺)普通に食事もOK。

命拾いをしたような気がした。

数ヶ月前からなんだか変な感じがしていたのはこれだったのか。
やはりオーバーヒートしてしまった。
が、今回はブローする前にアクセルを抜いた。

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このblogの効能もあったかもしれない。正に自分のログデータを付け続けて、しかも公開しているわけだ。
「俺、大丈夫?」に対する第三者的な視点を意識せざるを得ないわけで。いわば逐次モニター付きダイアグノーシス機能か?

「エラー発生時の自己完結型フィードバック制御における無限ループ」=自己矛盾>悪循環>自己嫌悪・・な思考パターンのパラダイムから抜け出すツールかもしれない。あくまで可能性として。

#単に、小ズルいオッサンになっただけなのかもしれんし^^;;

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