リモコンが本体
あくまで感覚的な話として。
このタイトルで
言わんとする意味を正しく記述するとすれば
「リモコン(こそ)が(利用者にとっては)本体(である)」
ということ。
「本体」という概念がなんなんなっていう別論議はあるとして、
ユーザインターフェイスは端末やリモコン類が持っている。
先日、カミサンの実家でテレビのリモコンが
調子悪くて使いづらいというので、
開けて直している際に、思いだした概念。
昔、小さなメモリプレイヤを首から下げて
使っている頃にも、何度か思って言っていたけど。
(このへんの経緯は、Takさんご存知かも)
リモコン類、他の呼び方では
コマンダー・ハンディパネル・ティーチペンダント・マニュアルキー(パッド)、
いわゆる操作盤、それが有線であっても無線/赤外線式であっても。
端末というのは、
要するにケータイだったりネットワーク上のPCだったり、
単純にテレビラジオの受信機だったり。
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さっきのテレビのリモコンの話は
リモコン壊れると電源入れられなかったり
Chや音量変えられなかったりして不便、
・・というまでは、テレビ「本体」のボタンでナントカなるのだが、
最近の機種は、チャンネル設定だとか画質調整だとか、
リモコン側でしかできない操作が多すぎる。
#本体をメンテモードにして・・、ってのはナシ。
だからリモコン壊しちゃうとなーんもできない可能性が出るわけで、
装置は適切なUIなくしては成り立たないということを実感する。
メカ・システム的な前提条件をすっ飛ばしてしまえば
リモコンこそが結果に直結する、いわば「本体」なのだよ。
「ボタン押したのに映らない(困)」で、なんの不思議も無い。
これ、良い悪いじゃなくて、普及した機器の大前提でもある。
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ケータイのような端末に至っては、
いま持っているそのものが本体だけど、感覚的にはリモコンである。
特にネットワーク上のリソースを使うものであれば、
どっかに置いてある情報を遠隔で呼び出して持ってくる。
ラジオ的な端末=再生機であると同時に、操作盤であるわけだ。
実はその「ネットワークそのもの」とキャリアの機器・サーバなどが
巨大な「見えない本体」、実体なのですが。
いまやPCはスタンドアロンのみで使っている例は少なく、
むしろネットワークの端末としての存在価値が大きい。
汎用機のダム端末まで戻すことは無いにせよ、
シンクライアント/NC、netbookなんてのは、
ケータイと同じように操作盤付きユースポイントなのだ。
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メモリプレイヤの例はちょっと違って、
まるでリモコンのような大きさのものが、正に本体。
あくまでちょっと前の感覚からすればなのだが、
この中にそんな大容量の音声・動画が入っているとは
思えないことから生ずる、一種の錯覚なのだ。
手のひらに隠れるモノにCDが300枚分入ってます、というのは
にわかには実感できない、身体的に理解できないからね。
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クルマの操作系というのも、ひとつ、示唆に富んでいる。
運転席にあるものと、ボンネットの中にあるものと、
結果的に路面を蹴とばすまでにおいて。
アクセルペダル>スロットル・インジェクション>エンジン
シフトレバー>ミッション>シャフト>タイヤ・・
メカやワイヤーだったのが電子制御になっただけで、
このへんは蒸気機関のバルブとガバナなんてものと
本質は変わっていない。
なにより、そのしくみやらボンネットの中身を知らなくても
まあ誰でも運転できるようになっていることが重要で、
「知らなきゃ運転するな」というのは、後ろ向きな議論だ。
#理系なヒトの陥りやすい病理ですがね(^^;;;
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いちばーん簡略化した姿ってのは、
「水道の蛇口をヒネると水が出ます」。
水道管というネットワークと、ダム・浄水所というサーバと
蛇口という端末・UIと、流れるのは水というコンテンツ、
パッケージメディアとしてはミネラルウォータを買うとか、
ポータブルとしての水筒まで含めて・・・、
これに帰着してしまうのだろうケド。
(だから「水は只」というのに反発しているわけで。
コンテンツメーカへの敬意と、品質の評価は大事です)
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触れる「ハードウェア」としての本体と、
概念、もしくは「ソフトウェア」としての本体と、
情報「コンテンツ」的な中身と、
実体と表現と、結果として得られるものと。
いや、TRONの実身/仮身なんてのより
もっと身体的な話として。
情報学・情報工学等の学識・学位を持っている皆さん、
(えーっと、身近に何人かいますけど・・)
この辺をスパッと解説できる、いい本を教えてください。
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